3週間前にモバイル環境を一新して、MacBook AirとNexus 7 3Gを導入した。それまでは3年間、初代のiPad 3GからiPad3 Wi-Fiを乗り継いできたが、結論としては9.7インチのiPadはモバイルマシンとしては中途半端で満足のいくものではなかった。そこで、転職を気に環境を一新したのだ。
この環境再構築の目玉はMacBook Airだったのだが、実は補助ツールとして導入したNexus 7こそ、画期的だった。いつでもどこでも、気軽にサクサクと文章を入力してデスクトップマシンと共有できる。そんな物書きにとって理想的ともいえる環境がNexus 7のよって蘇った。

●HP200LXの呪縛
古い話で恐縮だが、これまで僕にとって最強のモバイル環境はHP200LXだった。このマシンが画期的だったのは、一般的なデスクトップPCの機能を手のひらサイズにまで凝縮したことだった。そのため、ATOKやVZ Editorや辞書アプリなど、PCの世界で熟成された生産性の高い文章作成ツールをそのまま使うことができた。キーボードの配列もPCとほぼ同じだったから、横長のボディを両手で抱え、2本の親指を使ってサクサクと日本語を入力できた。当時、月刊アスキーの編集者としてマックスで月に40ページくらい担当していたが、そのうち10ページくらいは、電車で移動中やちょっとした待ち時間にHP200LXを使って執筆していた。
HP200LXの不幸は、正当な後継機種が造られなかったことだ。洗練されたPCとDOSをベースにしたアーキテクチャは放棄され、HPは後にモバイル市場で惨敗するWindows CEマシンの開発を選択した。当時のWindows CEマシンはどれも、HP200LXのエレガントな完成度の高さと比べれば、粗雑な乱造品のようだった。デカくて重くて、動作はのろまで、とても使いにくかった。質の高いアプリもなく、単に新しい物好きのために高価なおもちゃのようだった。
しかしインターネットの時代はすでに来ていた。PCカードスロットを1つしか持たないHP200LXはあっという間に時代遅れになった。たった1つのスロットに通信用カードを入れてしまうと、残されたわずかな内部メモリだけでは日本語入力マシンとしては使いものにならなかった。640×200ドットのモノクロ液晶画面もWeb時代にはあまりにも表現力に乏しかった。
その後、PalmやLinuxザウルス、Windowsモバイルケータイなどを試したが、満足のいく日本語入力マシンは現れなかった。iPhoneもさまざまなアプリを試した。左手だけのフリック入力の練習をして、短いメールくらいならサクサク入力できるようになったが、原稿やブログを続けて書く気にはなれなかった。
もはや僕にとって、HP200LXは呪縛だった。ヤフオクでHP200LXの内蔵メモリを32MBまで増設してくれる人がいたので、頼んでみた。これで使える!と思ったが落とし穴があった。HP200LXで使えるDOS版ATOKのディスクがないのだ。2002年にアスキーが引っ越しするときのどさくさで、ちょっと目を離した隙に不要品と間違われて捨てられてしまったのだった。
昔話が長くなった。この長い文章を僕はいま、Nexus 7で書いている。縦画面の状態で、HP200LXのときと同じようにボディを両手で抱えて2本の親指を使ってタイプライタ配列の英字キーボード(QWERTYキーボード)でローマ字入力をしている。日本語入力がATOKなのも同じだ。今回、並べて写真をとってみたら、HP200LXとNexus 7の大きさも重量もよく似ている
HP200LX:160mm × 86.4mm × 25.4mm(畳んだ状態)、312g(電池込み)
Nexus 7: 198.5mm × 120mm × 10.45mm、340g
ちなみにHP200LXの液晶を開いて奥行きを実測したところ、158mmあった。ハンディで実用的なテキスト入力マシンの最適サイズは、だいたいこんなものなのだろう。
●Nexus 7 + ATOKで親指タイピングするための設定
Nexus 7で使っているATOKは単体のATOKではなく、月額契約の「ATOK Passport」を使っている。月300円で、最大10台のMac、Windows、Androidマシンに最新のATOKをインストールして使うことができる。しかもクラウドを介して各マシンで学習した辞書を共有し自動的に同期してくれるATOK Syncや最新のトレンドキーワードの配信サービスまで受けることができる。
ATOKのよいところは、ユーザーインターフェイスのチューニングの幅が広いことだ。いろいろ、試行錯誤した結果、現在は次のような設定で使っている。
なお、僕は縦画面でQWERTYキーボード配列しか使わないので、関係ない項目は省いてある。
入力補助 – QWERTYキーボードの設定 |
切り替え時は英字 |
OFF |
英字は確定入力 |
ON |
数字キー表示 |
ON |
タブレット(縦画面) |
ON |
入力補助 – 共通設定 |
スペースは半角で入力 |
OFF |
自動スペース入力 |
OFF |
バックキー |
OFF |
タッチ位置補正 |
OFF |
マルチタッチ |
ON |
変換・候補 |
推測変換 |
OFF |
辞書・定型文・Myコレ |
ATOK Sync |
有効にする |
ON |
自動更新 |
ON |
更新間隔 |
毎日 |
Wi-F-接続時のみ受信 |
ON |
ATOKキーワードExpress |
有効にする |
ON |
更新を通知 |
ON |
自動受信 |
ON |
受信間隔 |
毎日 |
Wi-F-接続時のみ受信 |
ON |
画面・表示 |
キーボードの高さを調整 |
O |
候補一覧の文字サイズ |
標準 |
表示行数(縦画面) |
1 |
少し、解説しておこう。
「タブレット(縦画面)」というのは、タブレットに適したキーボードレイアウトを表示してくれるもので、これを設定するとしないとでは、入力効率がまるで違う。
「推測変換」は確かに便利な側面はあるのだが、ONにしていると文字入力が遅くなって逆に効率が落ちる。「自動スペース入力」や「タッチ位置補正」なども合わせてオフにすることで、キー入力に対する反応が良くなり、しかも意図しない動作や勝手な入力が減るので、長文の入力がストレスなくできるようになる。
「キーボードの高さを調整」をオンにすると、キーボード上部のバーをドラッグしてキーボードの縦のサイズを大きくできる。ボタンも縦に大きくなるのでタッチミスが減る。僕は縦画面の半分弱ぐらいまで、大きくして使っている。
「表示行数(縦画面)」というのは、変換候補が表示される行数で、デフォルトは2行になっているのだが、タッチミスして違う候補を選んでしまうことが多かった。ATOKは賢いので正しい変換候補が上位に表示されるため、1行に絞り込んでもまったく問題はない。

簡単に言うと、反応が遅くなる入力補助機能はなるべく切って、キーボードを大きく表示し、クラウド連携は活用する、というのが基本的な方針になっている。
●Evernoteに記録すればいつでも参照も編集もできる
テキストを記録するアプリはEvernoteとJota+を使っている。Evernoteはご存じのようにクラウド上にデータを保存してくれるノートアプリケーションだ。世の中では、Evernoteにオフィス文書や写真や名刺やさまざまなライフログなど、なんでもかんでも詰め込むのが流行っているようだが、僕は基本的には自分が書いたテキストの保存と複数のマシンの間での共有のために使っている。文章を書くという行為を、場所やマシンにとらわれずに可能にしたことこそ、Evernoteの最大の利点だと思うのだ。
Evernoteに書いておけば、電車の中で思いついてNexus 7で書き始めた原稿の続きを、会社や自宅に着いたらデスクトップのiMacで、ファミレスやカフェで座ったらMacBook Airで書き足したり修正することができる。
Evernoteはスタック – ノートブック – ノートの三層構造で整理ができるので、目的や目標が決まっている文章は、所定の場所にノートを作って保存する。例えばこの文章は「Project」というスタックの中の「ブログ」というノートブックの中に「Nexus 7 + ATOK + Evernote によるどこでもテキスト入力環境」という名称のノートに保存してある。
もっと断片的なメモの場合は、PostEverを使う。PostEverは入力したテキストを日付別に分けてEvernoteに保存してくれるアプリケーションだ。「明日の15時に目黒駅で」とか「XXという新刊が面白いらしい」みたいな細切れの情報をとりあえず記録しておくのに便利だ。僕はPostEverで作成した日付別のノートは「Inbox」というノートブックに保存されるように設定してある。定期的にInboxの中を整理する癖をつけておけば、入力したメモがどこかに紛れる心配もない。
●Scrivener + Jota+ + Dropboxの連携
もうひとつの「Jota+」は、一般的なシンプルなテキストエディタだが、有料化キーを購入すると、Dropbox内のテキストファイルを編集できるのがポイントだ。僕はEvernoteは1日か2日で書き下ろすデータの蓄積や短い(数千文字以下の)短い原稿の執筆用だと思っている。
もっと長い原稿の執筆には、最近はScrivenerを使っている。Scrivenerはアウトライン機能や参考文献管理機能をもった長文執筆専用ソフトで章ごとに分割して執筆しやすくなっている。便利なのだが、一度Scrivenerに資料や原稿を放り込んでしまうと、ほかのソフトと連携が取りづらくなる。そこで外部フォルダ同期機能というのがあって、執筆中の各章ををプレインテキストで自動的に書き出し、外部アプリでそれを編集すると、その修正結果を自動的に大本の原稿ファイルに取り込んでくれるのだ。
そこでDropbox上に同期用のフォルダを作っておけば、そこに書き出した原稿のテキストをNexus 7上のJota+で修正できる、というわけだ。
僕のNexus 7は3Gモデルなので、ケータイの電波が入る場所ならどこでもクラウドに接続できる。いまや、東京の地下鉄のほとんどすべての場所で電波が入るようになった。テキストデータなら、軽いから多少電波状況が悪くても同期はあっという間に終わる。
●どこでもテキスト入力できる価値
昔から、「三上」と言って良いアイデアが浮かぶ場所は、馬上・枕上・厠上の3つだと言われている。つまり、移動中、布団の上、トイレで用を足しているときに、着想が生まれ広がるということだ。たぶん脳がリラックスして柔軟になれるからではないかと思う。それを活かすために先人は、いろんなメモの方法を開発してきたが、一番いいのは、思いついたその場でアウトプット化してしまうことだ。
僕にとって、そのための最適なツールは20年前のHP200LX + ATOK + VZ Editorであったが時の流れの中で失われてしまった。ようやく出会えたNexus 7 3G + ATOK + Evernoteは、失われたHP200LXを超える、初めての素晴らしい環境で気に入っている。
Nexus 7そのものについては、実を言うと少々問題もある。ネットワーク接続が不安定でWi-Fiもケータイの電波も来ているのにインターネットに繋がらなくなるとか、動作がとても重くなることがあって電源を入れ直してリセットすることがよくある。iPhoneでも、初期の1、2年がそんな状況だったのでいずれは改善すると思うが。そのほか、バッテリの持ちも悪いし、長く使っていると背面が少し熱くなってくることもある。さらに言えば、なんでいまどきLTEじゃないんだとか、リアカメラをケチるなよ、という不満もある。
とはいえ、軽くてコンパクトで、広くて見やすい画面と快適に入力できる操作環境を持ち、いつでもインターネットに繋がるこの機械は、もはや手放せない存在となった。久しぶりに、脳からどんどん言葉がわき出て、それを記録したくなる。そんなツールなのである。