西原理恵子:編集者の確信、企業の役割

6月 7th, 2009

 先日、出版向けを専門とするPR会社での打ち合わせのとき、ダ・ビンチの7月号をいただいた。たまたま、僕の好きな西原理恵子の特集号だった。最近のサイバラは、作品がTBSでアニメ化されたり映画化されたりと、売れまくり。「脱税できるかな」とか、旦那のカモちゃんがシャブを買った話など、徹底的にぶっちゃけて、なにかもギャグにしちゃう危険きわまりないサイバラがここまでメジャーになったのは、長年のファンとしても驚きだ。

 ダ・ビンチの特集中で、西原理恵子のマンガでよくネタにされている各出版社の担当編集者たちが、サイバラについて語り、サイバラからもコメントするというコーナーがあった。ここにサイバラ・メジャー化の秘密がある気がする。

ダ・ヴィンチ 2009年 07月号 [雑誌](メディアファクトリー)s

 今アニメ化されて放送中の、出世作「毎日かあさん」の担当編集者は、初期のエッセイ集「怒濤の虫」(サンデー毎日に連載)の担当だった志摩和生氏。

 ギャンブルに行って帰ってこないサイバラをアパートの前で朝まで待ち続け、エッセイが書けないサイバラの代わりに毎回口述筆記して頑張ってたのに、サイバラはライバル誌の週刊朝日の「恨ミシュラン」でブレイク。その悔しさを10年後の「毎日かあさん」で晴らそうとしたが、大新聞の日曜版にそぐわないあけっぴろげの内容に苦情の嵐。上司に怒られっぱなしでも「サラリーマンは我慢するのが仕事」と耐えた結果が、今のヒットにつながったという。

【プロがアマに負けない方法】

 サイバラくらいの人気作家になれば、思い通りに作品を出せるのかと思ったらそんなに甘くはなかったらしい。志摩氏のような編集者の地道な努力があって、ヒット作がうまる。

 それにしても、読者と上司に怒られっぱなしでも、自分の信念を貫くというのはなかなかできることではない。

 ごく一部を除けば、編集者は最初から最後まで縁の下の力持ちで名前が出ることはない。仕事は精神的にも肉体的にも過酷だ。頑張って結果が出しても、脚光を浴びるのは作家だ。報われない職業なので、モチベーションを維持し続けるのは難しい。それでも、志摩氏が頑張り続けたのは、なんらかの確信があったからなんだと思う。

 この「確信」って直感的なもので、他人に説明することはほとんどできない。会社は組織として説明を求めるから、その場で言い訳を考えて説明することはあるだろうけど、その説明さえ、自分にとっては空虚だったりする。でも、その直感や確信が、ヒットを生んでいく。

 精密なマーケティングと物づくりで、売れるものもある。だけど、熱意と直感と根拠のない確信が生み出すヒットもある。たまに出版社の広報の人と呑むと、個人のこだわりがヒットに繋がった話をよく教えてくれる。数年間1冊の辞書を編纂し続けて問題視されてた人が、その辞書が大ヒットしたとたんにヒーローになったみたいな話とか。

 でも偉いのは、上司や会社に理解されなくても頑張り続けた編集者個人だけじゃない。なかなか利益を出さない社員を、なんだかんだいいながら雇用し続け、給料を払い続ける会社も偉い。だけど、そういうことが最近は難しくなりつつある。

 バブル崩壊後、経営効率の改善とか短期的な成果主義が蔓延した結果、そういった直感的な物づくりができなくなってきて、それが企業のパワーを奪ってきた。

 いまの世の中CGMが台頭してきた理由は、個人の才能が発掘されやすくなっただけでなく、企業が効率を求めるあまり、時間とお金を注ぎ込んだプロならではの物づくりをできなくなったこともあるんじゃないだろうか?

 デジタル化によって制作コストが極端に低くなった現在、センス勝負で短期間で作るなら、プロとアマの差は少ない。それどころか人件費コストを度外視できるアマチュアのほうが有利だとも言える。

 僕がいたアスキーは、徹底的な効率化で大赤字からV字回復して黒字化した。しかしその実態は減収増益で、効率が悪いとみなされた人や事業はすべて整理された。

 その後、PC/IT系の出版業界そのものが急速に縮小したため、再び赤字に転落。最後はメディアワークスとの救済合併によって、かつてゲーム、ネット、半導体、映画など多分野で繁栄を謳歌したアスキーという会社は実質消滅してしまった。あまりに効率化しすぎたため、未来へつながる可能性の芽を全部摘んでしまったからだと思う。

 サイバラみたいな、規格外の異能を花開かせるには、一見無駄に見える投資、根拠のない確信を許容する度量が必要だろう。いまこそ、出版社はふんばりどきだと思う。


怒濤の虫 (双葉文庫―POCHE FUTABA)(西原 理恵子)


毎日かあさんアニメ化記念5巻セット(西原 理恵子)

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