自分たちにだけしかわからない、と思う理由

専門性と普遍性

今更だとは思うんだが、たまたま見かけて、ちょっと気になっていたことなので。

この手の論調は、ときどきみかける。

らきすたは「面白い」?「つまらない」?

らきすたは「面白く」もないし「つまらなく」もない。
アニメ版「らきすた」は作品ではなく、現象であるからだ。
現象には内側に入り込むか、外側から眺めるかの二択しかない。
(中略)
らきすたの爆発的なブームは、最近巷でよく取り上げられる「祭り」の構造に近い。
(中略)
「らきすた」はエンタティメントとしてはつまらない作品である。
笑わせるでもなく、さほどの共感をえられるとも思えない単なる日常を山も谷も無く描くだけの作品だ。
そこにあるのは単なる空間である。

涼宮ハルヒの憂鬱」や「らき☆すた」には、オタク・サブカルチャーの要素がふんだんに散りばめられている。
マニアの内輪受けのようなネタも少なくない。
オタク要素こそ、作品の面白さの中核であり、それが分からない部外者には、面白くないだろう、という論調。

どうして、作品の面白さが、それに限られると断定するのだろうか?
どうして、山や谷がないと「エンタテインメントとしてつまらない」と簡単に言い切ってしまうのだろう?

個人的には、オタクとして現役ではないので「らき☆すた」のオタネタの多くはわからない。
でも、延々と続く四人組女子高生のテンポのよい掛け合いは、見ていて退屈しない。次も必ず見たくなる。
理由のひとつは、彼女たちの日常がとても楽しそうだから。

日常を丹念に描くことは、決して珍しい手法ではない。
また、日常を丹念に描けば、なんでもヒットするわけでもない。

ヒットの裏側には、「今」という現象を、共感を感じられるようにリアリティをもって切り取るという、こと細かな執念があったはずだ。その執念やセンスにおいて優れていたから、『らき☆すた』は多くの人の共感を得たのでは、ないだろうか?

日常を切り取る執念という点において、たとえば小津安二郎という先駆者がいて世界中から評価されている、とか書いてみたかったんだけど、詳しくないのでやめておく。まあ、『東京物語』は、面白かったけど、一応ストーリー性あるし。
ある時期、NHK総合が、祭日の度に午前中に古い日本映画を放送していたことがあって、一本一本のタイトルは覚えていないけど、平凡な日常を描いた作品がいくつかあって、みんな面白かったことは覚えている。

カトキチくんが、解説してくれないかな。<日常と普遍性

あと、らき☆すた(アニメ版)の面白さって、細かいギャップの積み重ねにある。
美少女なのにオタク、留学生なのにオタク、オタクなのに良き父親、先生なのにゲーマー、交通警官なのにスピード狂、神社の娘なのにクリスマスやバレンタイン、双子なのに性格正反対、しっかり委員長なのに……。
そういう、日常生活にありそうな小さなギャップを集めることで、小さなエピソードがたくさん生まれる。

泉こなた がオタクであることは、ギャップと共感を生み出す仕掛けとして、とても便利なのだ。

いや、何が言いたいかといえば、自分たちにしかわからない専門性を突き詰めるのもよいけど、みんなにわかる普遍性を意識する方が、世界が広がるんじゃないかと。

(専門性を突き詰めるほうが、中毒性があって楽しいんだけどね)

関連記事

投稿者:

ともゆき@zubapita

ともゆき@zubapita

作ったモノ 雑誌:月刊アスキー(デスク)、アスキー.PC(副編集長)、インターネットアスキー(編集長)、アスキーPCエクスプローラー(編集長) Webサイト:東京グルメ/ライブドアグルメ、映画を語ろう、本が好き 著書:「Twitter 使いこなし術」「facebook 使いこなし術」 最近は、株式会社ブックウォーカーにて、「BWインディーズ」をやってます。

“自分たちにだけしかわからない、と思う理由” への2件のフィードバック

  1. 小津安二郎は日常を切り取るというよりもやっぱり家族ドラマなんですよね。日常に起こりえるかもしれないけど、日常を切り取るとはニュアンスが違うんですよ。

    じゃあ、日常を描くというのはどういう事かと。例えば日常を描くとプロデューサーが切りたがるという話を聞いた事があります。それはストーリーに直接関係ないからです。でもそれを突き詰めて芸術に昇華させると映画として成立してしまうんですよ。それに成功したのは『レザボア・ドッグス』ですね。普通ギャング映画を作る時に編集でカットされてしまうシーンだけで『レザボア』は構成されてます。コーヒーショップの会話。強盗に行く前の会話。それがものすごく印象的です。さらに強盗のシーンは無く、その後の言い合いが延々繰り広げられます。これが90年代に衝撃を与えたわけです。日本でもクドカンの脚本がそうですね。プロットとは関係無い話に力を入れてます。日常を切りとるというのはそういう事ではないかと。

  2. わお! さっそくの降臨と解説に感謝です!>カトキチ神

    そっか、『レザボア・ドッグス』か。 とくにイントロのMr.ピンク(スティーブ・ブシェミ)が、ライク・ア・バージンについて一説ぶつとか、チップを払う、払わぬ論争とか。

    >でもそれを突き詰めて芸術に昇華させると映画として成立してしまうんですよ。

    ですよね。まあ、タランティーノもオタクだし。オタク的な集中力が日常を切り取ることに向かったとき、最高のエッセンスが取り出されて、それがエンタテイメントになるという纏め方は……、強引ですね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>